一手損ガラパゴス

屋敷伸之(1組2位)-△糸谷哲郎(3組優勝)…△糸谷勝ち

中村太地-△丸山忠久…△丸山勝ち

 先週は後手番一手損角換わりの東西の横綱が揃い踏み。ちなみに現在の一手損角換わり界は両横綱以外は前頭がパラパラと数名いるだけで絶滅が危惧されてます。かつて一手損角換わりといえば羽生善治佐藤康光らトップ棋士もこぞって参入して大隆盛を誇り、巨人・大鵬・一手損角換わりなんて言われたもんですが。語呂が悪い。
 西の横綱糸谷哲郎竜王戦決勝トーナメントで屋敷伸之と対戦。一手損角換わりから飛車を4筋に振って△7二金・6二玉型の右玉を採用。棒銀対策としては前からある戦法で、「佐藤康光の一手損角換わり」という定跡書の皮を被った何かでも紹介されてはいます。ただ囲いが金銀2枚と薄い上に、玉が露出してその薄い囲いに収まってもいない、かつ玉飛接近の悪形、おまけに右玉なのに下段飛車でもない、という四重苦を抱えているので、よほどの腕力がなければ指しこなせません。これを指すくらいなら普通の右玉なり角交換振飛車なり指した方がよっぽどマシだろうと思うんですが、そもそも「よっぽどマシ」とか考える人は一手損角換わり自体指すことをとっくに止めてます。"一手損スペシャリスト"糸谷哲郎はこれでいいのです。
 対する屋敷も、7七にいた左銀をジグザグと横にドリブルさせて右サイドに進出させるという独創的な作戦で対抗。右銀がダイアゴナルランバイタルエリアに走りこみ、さらに金もラインを押し上げて中央を制圧。ポゼッション&ハイプレスの"自分たちのサッカー"で支配率は70%にもなろうかという勢いでしたが、支配率と勝ち負けは別というのはつい先日も思い知らされた話。糸谷は頼みの綱と思えた馬を豪快にぶった切って、△7七銀放り込みという、高いラインの裏を突くアバウトなロングボールでのカウンタ一閃。乱暴なやり方でしたが、これで攻守逆転。屋敷のポゼッションの網を切り裂いて、あっという間にゴールを陥れてしまいました。なんか理不尽にも思える勝ち方ですが、これが一手損角換わり、そして糸谷哲郎という棋士の魅力です。

 一方、東の横綱丸山忠久は将棋日本シリーズに登場。中村太地棒銀に対し、腰掛け銀で対抗。と思いきや、銀が腰掛けたのは一瞬でそこから4五〜3六とスルスル進出。さらに角切り飛ばしての猛攻を仕掛けて、あっという間に終盤戦に。二人とも腰が重いじっくりした棋風だけにこの乱戦は予想外。さすがにこの丸山の攻めは乱暴が過ぎると思ったんですが、10分30秒の早指しでは受け切る方も大変です。丸山は切れそうにしか見えなかった攻めを最期まで繋ぎきっての勝利。中村としては力出す間もなく、出会い頭でぶん殴られてしまいました。

 ということで、糸谷、丸山とも同じ一手損角換わりでも型は全然違いましたが、乱暴な攻めを繋げて終盤の腕力でねじ伏せるという勝ちっぷりはそっくり。この戦法を極めてる二人でこうなんですから、一手損角換わりはこういう戦法だということなんだと思います。基本的に序盤で一手損側が良くなるということはないんだけど、相手の研究外して自分のフィールドに持ち込むことを重視して、あとは中終盤の腕力でなんとかするという。趣旨としては筋違い角と同じようなものだと思いますので、最新型についていけないおっさん愛好家の間で細々と指されていく戦法になっていくと思います。今や"定跡覚えられないおっさん"と化した私も、また一手損角換わり指そうかしらとこの糸谷、丸山の将棋見て思っちゃいました。脳にシワが残ってる若者は、もっとちゃんとした定跡覚えましょう。