後の先

豊島将之-△丸山忠久…▲豊島勝ち

 羽生善治王座への挑戦権を賭けた一発勝負。振り駒で後手丸山。となれば戦型は当然のごとく4手目角交換からの丸山ワールド・一手損角換わりへ。
 先日の日シリ▲中村太地△丸山戦と同じ出だしでしたが、丸山が△4五銀のスルスル銀を自重したので豊島が先攻することに。

 これがその仕掛けの局面。なんでしょう、部分部分の駒の配置はよくあるような感じなんですけど、全体の組み合わせとしては微妙な違和感があります。あまりにも頭部が薄いし脇も甘い先手玉、△5二金・5一玉という金玉型の後手玉という「せめてあと一手」がお互い間に合ってない玉形もそうですし、先手の棒銀+▲3五歩の仕掛けに対して後手が△1四歩を省略してるところも引っかかります。元々この棒銀+▲3五歩は一手損角換わりではよくある仕掛けで、棒銀が端に出てくるのを防ぐために突かざるをえない△1四歩のセキュリティを無駄にさせるために裏口から侵入しよう、という後出しが狙い。それが△1四歩を省かれては後出しでも何でもなくなってしまってます。なんだか先手損じゃないかと思いますが、それもここまでの間に繰り広げられた凄まじい後出しやらフェイントやらの結果。
 まず最初の後出しが4手目△8八角成。最速のタイミングでの角交換ですので、後出しじゃなくて先出しに思えますが、これは角交換振飛車という後出しの含みをチラつかせる、後の先ならぬ先の後の角交換。このチラリズムで先手の駒組みを制限してるわけです。たぶん。通常、角換わりでは2七→2六の棒銀ルートの含みを残すために右銀は3八に上がりたいんですが、振飛車にされると3八銀型は作戦の幅がかなり狭くなって嫌な感じ。銀上がりを保留する▲7七銀、▲7八金なんかも同じく振飛車にされた時に囲いが限定されてしまいますし、▲6八玉と玉上がるのもちょっと早く、袖飛車からの速攻などを警戒しないといけません。
 ということで4手目△8八角成によって先手は7手目▲4八銀と上がらされることになり、棒銀が消えます。こうなると棒銀>腰掛け銀>早繰り銀>棒銀の角換わりジャンケンの法則に従えば後手としては負けのない腰掛け銀を心置きなく目指していけます。ここから先手の早繰り銀に対して右銀を一目散に4三にまで引きつけて迎撃体制を築き、玉を△3二玉型に囲うのが丸山得意の形。一昨年の竜王戦などでも採用してました。
 そこで今度は21手目▲2六銀と一度消されたはずの棒銀を見せるのが先手の牽制球。2筋に大砲の照準合わせられるとさすがに△3二玉型はおっかなくてとても無理。ということで22手目△3二金と上がらされることになり△3二玉型はなしに。ただ、通常の棒銀と違って4八→3七経由のルートなために飛車のコビンが開いており(4手目△8八角成の効果)、後手は色々と切り返しが利きますので通常の棒銀に対するように△1四歩を突かなくとも大丈夫。
 …ということで、上図のような局面に至ったわけですね。ちなみにこのちょっと前には、相手が守備をひたすら固めてるだけならこちらは囲いは手早く済ませてしまおうという19手目▲7八玉に対し、そんな調子こいた態度取られたらこちらも殴り合い辞さんよとばかりに20手目△8四歩と伸ばしていく、なんていう駆け引きもあったり。外見は温厚そうな両名ですが、指してる将棋は全くもって不穏当。
 対局の方は、ここから豊島がもったり攻め込むのを丸山がもっちゃり受け止めて決め手与えず入玉含みの将棋、と先日の順位戦のような展開となり、入玉型だとコンピュータばりに怪しくなる豊島に丸山が猛ラッシュ。これは決まったか、というところから急転直下、まさかの丸山トン死で豊島勝ち。お。なんだなんだ。
 これで豊島は2011年久保利明に挑戦した王将戦以来のタイトル挑戦。またずいぶん久しぶりです。若手トップと目されてるわりに、新人王も含めいまだにタイトル童貞というのはちょっとなんです。魔法使いになってしまう前にここらで一つ。まあ、相手はここ22期中21期で王座に座り続けてる魔王ですけども。