女王の雁木

 記事のタイトルに「雁木」とつくのは今回で3回目。あまりの最強っぷりに雁木について興味もたれた方は、ちょうどはんどろやノートさんが面白い記事書かれてて、この対局についても触れてますのでそちらをどうぞ。

香川愛生-△加藤桃子…△加藤勝ち

 女流王座への挑戦を目指す、女流王将と女王の対戦。
 初手▲5六歩の先手中飛車の出だしに対し、後手は飛車先を決めて5筋の位を保つ指し方でしたが、ここで先手が▲8八銀と居飛車に変化。

 この前は大胆な手順での後手番石田流をやってましたし、香川は作戦家というかケレン味のある序盤を指すタイプみたいです。
 この先手中飛車と見せての▲8八銀という手自体はそこそこプロの実戦例もある将棋で、手元のデータベースだと先手の勝率がなんと6割超えてます。
 後手の対応はいくつかあるんですが、まずごく自然に角道開ける△3四歩は、角交換から▲5三角△5七角と打ち合い、馬を作り合っての手将棋になります。将棋倶楽部24の高段でこればっかり指してる人たち見た記憶あります。完全な力戦ですし先手は手損することになるのでどっちが有利不利とかはなさそうな将棋ですが、プロではなぜか後手の勝率2割台と壊滅的なことになってます(そのせいで▲8八銀の勝率が跳ね上がってる)。
 そこで本局のように△6二銀と上がる方が多数派で、これだとほぼ初期値通りの勝率(先手53%)に落ち着きます。ここから5筋を突き合ってる形の変則角換わり、早めに△6四銀と出て先手の角頭を狙う急戦、本局のようなじっくり雁木のだいたい3パターンに分岐。
 先手には自分だけ飛車先切れるという実利が主張としてありますが、▲7七角・8八銀という形の気持ち悪さを咎められないように気を使わないといけないので駒組みでリードするのは簡単ではないように思います。▲7七角・8八銀型の何が気持ち悪いかって、元々角頭というのは桂頭、飛車のコビンと並ぶ三大急所の一つなのに、それをわざわざ自分から敵の近くに晒すような真似してるわけですから。当然ながら晒しっぱなしで何のケアもしないわけにはいかないのですが、自分から近寄っといて襲われないかビクビクしないといけないとか、冷静に考えると馬鹿なのかな?という気もしないではないです。飛車を2五に浮いてケアした実戦例などもありますが、浮き飛車はそれはそれで目標にされやすいので気を使いますし。
 本局では、加藤は急戦は見送って雁木に組む作戦。これも実戦例がある形(主に"大加藤"加藤一二三により)。雁木は元々相手に自由に飛車先切らせる戦型ですので、いわば相手の主張を聞き流す姿勢。相手のケレンには付き合わないのが大人の態度ということですか。加藤はまだ19歳なんですけど。
 先手は矢倉から穴熊に組み替えて全力で受ける構えですが、後手もじっくりじっくり理想型に組み上げながら戦機を待つ体勢。動かす駒なくなった先手が角を立て直そうとした瞬間に、溜めに溜めた力でドシンとコークスクリューブローを繰り出し、あっという間に穴熊は崩壊。まあ、相居飛車での穴熊は堅いわけでも手厚いわけでもなく、ただちょっと戦場から遠いだけの半端者ですから。穴熊側も当然反撃しますが、雁木は堅くはないにせよ手厚いですし、一段玉なので縦からの攻めに対しては意外と遠くてパンチが届かない。ということで穴熊vs雁木、先日のA級順位戦広瀬章人行方尚史戦も記憶に新しいですが、これで雁木が連勝。誰だよ穴熊を神とかいったやつ、出てこいよ。
 女流王座トナメの方はこれでベスト4が出揃い、伊藤沙恵、西山朋香、中村真梨花加藤桃子という、最年長が27歳の中村、あとは20歳以下という世代交代を印象づける面子に。ただ奨励会員が3人を占めているので、女流棋界にフレッシュな風が、とは微妙に言いがたいものが。